表参道・原宿:“素材達”シリーズ「その2」...変幻自在の“ガラス”達
「その1」では表参道・原宿(オモハラ)にある新旧たくさんの魅力的な建物を
“木”という素材に注目して見てみました。
今回は「その2」として“ガラス”に注目してみました。
皆さんはガラスに対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。
透明で平らで四角くて割れやすい、または冷たいイメージを持っていないでしょうか。
実は最近ではガラス製造技術や性能、取付け方法なども改善著しく
設計者の感性を大いに駆り立ててくれるガラスも豊富に出て来ています。
そこで今回はこうしたオモハラの“ガラス”達に注目して建物の設計への関わり方、
“ガラス”のもたらす効果なども含めて“ガラス”をキーワードに
そして時には“ガラス”の気持ちになってそぞろ歩きをして見ました。
そうしたら今回もまたいろいろな“ガラス”達の素顔が見えてきました。
いつもの様に明治神宮から表参道を南に下るルートで歩いて行きましょう。
“ガラス”は化身
まずは足慣らし。いつ行っても沢山の人がこのエスカレーターに乗っていきます。
万華鏡のトンネルの中を通るエスカレーターは足下注意!です。
誰もが万華鏡の天井、壁を見ています。
この誘引力抜群の建物は再び登場の中村拓志設計の東急プラザ表参道原宿。
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エスカレーターを降りて振り返るのが定番の撮影ポイント。
設計者の中村氏はガラスだけでなく木を活かした静謐な空間、渦巻きの様な建物を始め、
最近では村野藤吾氏設計の数寄屋建築「佳水園」の改修を手がけるなどガラスのように変幻自在に活躍しており、
この万華鏡も中村氏の化身の様に負けず劣らず変幻自在です。
“ガラス”は創る
この建物、当初は外国車ディーラーのショウルームとして設計、人目を引く建物、
シー・ディ・アイ青山スタジオ設計のIceberg です。
イメージは名前の示すとおり氷山。
水平垂直が殆ど無く徹底的に斜めっています。
よくぞここまでやったと感心する事しきり。
まるでガラスが氷山を創り出したようです。
設計するのも大変でしょうが、
施工するのはもっと大変だろうなと思わせるこのガラス張りの変形建物を成立させているのが
DPG(Dot Point Glazing)工法と言うガラスを“点”で支える技術です。
ガラス枠が必要なく大変すっきりした構成が可能で設計者に人気の技術です。
有名な例ではルーブル美術館のガラスのピラミッドがありますが同じ技術です(逆ピラミッドの方)。
元はと言うとこのDPGはイギリスのエンジニアリング会社アラップの技術者ピーターライスが
パリ、デファンスの科学産業博物館の大ガラス面向けに開発した技術。
さしずめ氷山を支える水面下の技術と言えます。
ちなみにルーブルピラミッドの設計者I.M.Peiはずっと以前にワシントンDCにある
ナショナルギャラリー東館で地下へのトップライトとして既にガラス製のピラミッドを設計しています。
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Icebergは更に良く見ると徹底してガラスで作られています。
建物本体は勿論、庇、搬入口、入口扉前の床もガラス(ノンスリップ仕様)です。
特に搬入口にはここまでやるかといった感じでとても感心してしまいます。
例外的にエレベーター(EV)シャフトは垂直。
斜行EVも無くはないがここでは採用されず。
コールハース設計の北京のCCTVも当初斜めEVを検討したようですが結果的には垂直。
日本にも斜行EVは有りますが、どちらかと言うとケーブルカーの様な構造で、
高速で建物内を上下する斜めのEVを私は残念ながら見たことがありません。
水戸にある水戸芸術館のシンボルタワーは正四面体を組み合わせた螺旋状ですが、EVはまっすぐです。
他にアメリカ、セントルイスにあるサーリネン設計のゲートウェイ・アーチはアーチ状にEVが行き来します。
学生時代にこれに乗りアーチのてっぺんに行きましたがEVと言うより観覧車といった感じでした。
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サーリネンと言えば小品ですがボストンにあるMITチャペルは
祭壇の上からの光に金属片が輝きとても印象的な空間で好きな建築です。
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このIcebergと左に隣接するガラスのビルを比べてみると
Icebergが天然の氷山ならば、左のビルは製氷機で作った氷でしょうか。
Icebergの全景を見たいときは道路の反対側から見ることをお奨めします。
また、ふと脇を見ると鋭角の極小敷地に建つハットグのお店が、何とシャープ!
尖り具合はIcebergに負けていません。
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“ガラス”は映す
Icebergから脇道を進むとキューブを積重ねた建物に出会います。
中央アーキ設計の神宮前ビルディング、通称 Block house。
建物の中は天井がガラス張りでそこを通して上の箱の下面が見通せます。
その面はステンレス鏡面に仕上げられています。
オーナーと設計者の思いがストレートに表現されています。
Showcaseのメンバーが以前たまたまこの建物を見ていると
オーナーが建物内外を快く見せてくれました。
そうしたオーナーの真っ直ぐな人柄をこのガラス天井は映しているように感じています。
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私自身のガラス天井の思い出は
ウィーンで見たオットー・ワグナー設計のウィーン郵便貯金局の光天井で
カタガラスを通して差し込む光がとても心地よくいつまでも居たい空間でした。
“ガラス”はそよぐ
SANAA設計のDiorビル。
単純な四角い箱の8階建の建物に見えますがさにあらず4階建て。
一層毎に設備階が有り4階建てで各階の高さがイレギュラー。
ガラスの内側にアクリルのスクリーンがもう1枚。
これが風にそよぐ様で実に優しい雰囲気。
気持ちの良い風が周辺に吹いています。
このビル夜になるとライトアップされまた違った姿を見せてくれます。
そして夜空を見上げるとそこにはDiorの星が建物の上に輝いていると言うはまり過ぎた演出。
Diorに隣接するのはMVRDV+竹中工務店 設計のGyre。
何から何までDiorと対照的。
色も素材も形態も。
この建物は四角の箱を各階ずらしてコーナーをカットさせて成立しています。
箱の積重ね方一つ取っても先程のBlock Houseとは又違った直方体の形態操作です。
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Gyre上階に田根剛設計のレストランが出来ました。
ちょうど良いのでここでちょっと一息 珈琲ブレイク。
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~そう言えば表参道には以前ハナエ・モリビルが有りました。
丹下健三設計のガラスカーテンウォールのビルでした。
今は建て替えられ一部に石と金属のモニュメントによるコンセプチュアルな空間。
ここは辺りの喧噪から離れた別世界で私の好きなスポットの一つです。
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それではまたそぞろ歩きを再開しましょう。
“ガラス”は支える
光井純設計のアップルストア表参道。
製品と同じ実にハイクオリティーのすっきりしたデザイン。
ファサードのガラスが枠無しで納まっています。
方立(ほうだて)と言うガラス窓を支える縦部材もガラスで出来ていて
ガラスがガラスを支えています。
この工法はスタビライザー工法と呼ばれ広く採用されている力持ちのガラスです。
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アップルストアの内部の螺旋階段も支柱がなくすっきりしたデザインです。
ノーマン・フォスター設計のアップル本社内のスティーブ・ジョブズ・シアターは
もっと徹底したデザインで円形の建物の外周に柱が見当たりません。
また、東京でも構造体全てをガラスで徹底して構成した例が
有楽町の東京フォーラム地下鉄入口です。
今度近くにおいでの際には一目見て下さい。
また東京フォーラムの中庭に入るところの舗装面は
ガラスになっていて夜間ライトもつきます。
“ガラス”は潤す
表参道で珍しく水に接することの出来る場
安藤忠雄設計の表参道ヒルズの噴水です。
せせらぎの音が表参道を歩く時に潤いを与えてくれます。
そしてせせらぎの流れが表参道が坂道であることに気づかせてくれています。
浮世絵にも描かれた今となっては暗渠となった隠田川への郷愁を感じます。
安藤氏のプレゼントに感謝。
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特に都会にある水場は本当に潤いをもたらしてくれます。
前回紹介のニューヨークのペイリーパークの小さい滝も印象的です。
面白い使い方として
ニューオーリンズにあるチャールズ・ムーア設計のイタリア広場が有ります。
イタリアを形どった噴水があるほか、なんと古典建築モチーフの柱が細く吹き出る水で表現されています。
“ガラス”は魅せる
渋谷スクランブルスクエアの屋上展望台からも見ることが出来る
この青く輝くオブジェの様な建物はヘルツォーク&ド・ムーロン+竹中工務店設計のプラダ青山店です。
この建物が出来てからみゆき通りがすっかり建築のメッカになりました。
ガラスは結晶化していると思ったら通常は結晶化しておらず粒子は規則的には並んでないそうです。
(だから急熱急冷で割れる)
もしガラス粒子を綺麗に並べた結晶を大きくしたらこんな形になるのではと魅せられてしまいます。
外観を形作る斜めのラチス材構成で規則性が有りつつも
外壁を包むガラスは平面だけでなく、凸面、凹面のものが組み合わされていて、
冷たい感じのしない有機的な感じを受けます。
通常斜め材だけの構造では縦方向の力に不利です。
電車のパンタグラフを思い浮かべてみると分かります。
ましてその鉄骨は150mmx250mmの細さ。
それを達成するためにここでも免震装置がそのデザインを可能にしています。
この建物の設計はヘルツォーク&ド・ムーロンに加えて竹中工務店もクレジットされています。
日本の建築法規対応、工法提案等技術力を活かしたノウハウをフィートバックしている筈です。
外国建築家+日本の設計事務所又はゼネコンの組合せはよく見られます。
先程のMVRDVのGyreにおいても竹中が設計に参加しています。
日本の組織設計事務所、ゼネコンは本当に優秀と思います。
プラダの立地するこの交差点は道をはさんで反対側には
ガラスと石のThe Jewels of Aoyama:光井純設計、
はす向いにはコンクリート本実型枠仕上げの銕仙会(てっせんかい)能楽研修所、
向いには同じくヘルツォーク&ド・ムーロン設計のメタルパネルのミュウミュウ青山店
とまさしく建築素材のオンパレードです。
光の具合でそれぞれの建築が刻一刻と姿を変えるので
一日中いても見飽きない“日暮しの交差点”です。
さて今回もそぞろ歩きにお付合い頂き有難うございました。
設計者のこうしたいと言う思いとそれを実現するガラス技術のキャッチボールで、ガラスの可能性はこれからも無限に広がって行きそうで楽しみがつきません。
表参道以外のエリアでもそうした点に目を懲らすとまた面白い発見があると思います。
それではここらで珈琲をガラスのサイフォンで煎れてくれる店でも探して一息つく事とします。
About me

Yasuo Nakamaru
1956年神奈川県生まれ。横浜国立大学大学院建築学卒業 一級建築士 全国通訳案内士(英語)
38年間にわたり組織設計事務所で国内国外の建築設計・監理に従事(米国、英国、中国他)
好きな建築:
ナショナルギャラリー東館(ワシントンDC、USA、I.M.ペイ)、キンベル美術館(フォートワース、USA、L.カーン)、金沢21世紀美術館(SANAA)
趣味:
バンド活動(バンマス、エレキベース、分野:ジャズなど)
建築専門家向けツアー、企業研修などで活躍中