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設計者から見た ”こだわり”建築シリーズ<br>「ニコラス・G・ハイエック センター」設計:坂茂

設計者から見た “こだわり建築” シリーズ

「ニコラス・G・ハイエック センター」

“クールなたたずまいの中の大いなる試み”

設計:坂茂

前回は建物内に水平に設けられた路地に注目しましたが
今回は建物内に立体的に路地が展開された事例を紹介したいと思います。

立体化された路地 

オーナーはオメガ、ロンジン、スウォッチなど 多くの世界的ブランドを持つ
スイスの時計メーカーであると同時にモノづくりを理解するオーナーでもあります。
この点がこの建物を大変ユニークに成立させ実現化できた大きなキーとなっています。

 

オーナーの要求として各ブランド毎のショップを求められましたが
敷地の間口が狭く通常では1階には限られたブランドしか設けられません。

そこで各店舗を積層化しそれぞれの店舗へは 専用のエレベーターで結ぶ
言わば立体路地のアイデアを取り入れました。

上階の各ブランド店舗への専用エレベーターが有る1階の外部スペースは
あたかも路地に小さな時計の店舗が点々と軒を連ねている風情。

それぞれのブランド専用エレベーターはショーウィンドウも兼ねていて
エレベーターに乗った時からもうそのブランドの世界に浸れます。

そして同時に1階の屋外スペースをそのまま進むと
裏通りへ抜けられるようになっています

本プロジェクトを坂氏はコンペで獲得したそうですが
通り抜け路地は当初のコンペ要項には無い設計者提案。

また坂氏は今回のコンペ案作成の際に通常はProblem solvingの提案を行う訳ですが
それとは逆のアプローチである
Problem making を取りました。

これは坂氏の読み、つまりオーナーのハイエック氏が

 Problem making=積極的な提案;敢えて難題を掲げそれに対し素晴らしい計画案を造り出す事 

をきっと理解されるであろうとの読みがまさしく当たりました。

その1つが世界有数の高価な場所でパブリックスペースを提案した事でしたが、
その提案した裏通りへと抜けられる路地=時計通り 
がすんなりと実現化出来たわけではありませんでした。

それは技術的な問題でもありましたが、
裏通り側にはどうしても地下駐車場へのクルマの出入り口が必要で
そのままでは敷地幅が狭く通り抜け路地が上手く確保できません。
そこで何とクルマの出入りのないときはその出入り口が平らになる
舞台の迫(せ)り形式の格納式駐車場出入口として
普段は上を普通に歩いて裏通りへ行けるようにして
路地を創り出しています。

このクルマ出入り口の昇降は実際に見ましたが一つのショーのようでした。

 

<平らの状態の駐車場>
<駐車場エレベーター出現時>

そう言えば新宿の紀伊國屋ビルディング:前川國男設計
建物1階に表通りから裏の通りに抜ける路地が確保されていました。

また古くは旧丸ビルや旧新丸ビルの1階はビル内に十文字の通路があって
通り抜けも出来るようになっていて大きな街区の近道にもなっていました。

立体化された緑地

このビルでは銀座に少ない植栽を果敢に造り出しています。

1階から13階にわたる52段に及ぶ植栽棚が壁一面を覆っており都市のオアシスを提供。
建物に緑化を取り込むのは木々にとっては厳しい条件のため細心の注意が必要で、
採光、散水、風通し、植栽パターンなど1年かけ生育の検証をしたそうです。
このスペースは特に暑い夏場は壁面のせせらぎと相まってほっとするスペースとなっています。

ここでは路地だけでなく庭までもが垂直の庭として立体に配置。
緑の少ない銀座で小さな癒しの場となっています。

 

建物内に大々的に植物を取り込んだ例ですぐに思いつくのは
NYにあるフォード財団ビル:ケビンローチ設計です。

内部はアトリウムになっていて通りから中に自由に入る事が可能。
大分前になりますが実際内部に入った事があります。
すこし暑かったのと肥料?の微妙な臭いがしました。

(このビルは2019年に大改修が行われ、植栽もリニューアルされたようです。)

またケビンローチはフォード財団ビルの他にも
同じく緑化を建物に大々的にとりこんだ建物を設計しています。
それがオークランドミュージアム・カリフォルニアです。
こちらは低層の建物の屋根や中庭のオープンスペースに沢山の緑化を実現しています。
大都会のど真ん中で厳冬のニューヨークと気候の温暖なカリフォルニアとの違いが
設計に顕著に表れています。

技術的挑戦

坂氏の建物には多くの技術的挑戦が盛り込まれていて、
なおかつそれを常に発展、展開させているところが魅力です。

事実、坂氏は設計を行う際にプログラムの解法は勿論ですが、
自分の継続的なテーマの展開を常に模索していると言っています。

各階の中央通り側には大型ガラスシャッターが設置されていて
開放出来るようになっていて自然の風が吹いてきます。

このガラスシャッターはハイエックセンター以前にも
ジーシー名古屋営業所や住宅に採用されていましたが、
今回1階から13階まで大々的に採用されました。
ガラスシャッターの寸法は幅8m、高さ約1m、
1枚の重さ約600kgを連続させた構成となっています。

1階から13階まで合計49枚のガラスシャッターが取付けられています。
これだけで30t、乗用車20台分もの重さになる大がかりなものです。

そうした苦労も知ってか知らずかその半戸外の空間には
キリンのオブジェが気持ちよさそうに佇んでいます。

そして極めつけの技術は
スレンダーな建物を可能にしたユニークな構造技術です。

この建物は制震構造(S M D/Self Mass Damper:自重を活用した制震構造)を採用しています。
制震構造では通常は大きな鉄の塊を屋上に設置しますが
この建物ではなんと上層部の各階の床自体をおもりに見立てて制震構造を成立させています。
また、更にはダンパー装置自体はわずか600mmの梁背(構造体である鉄骨梁の高さ)に
納まる高さとなっています。
この効果は絶大で最大35%の地震力の減衰効果があるそうです。

その考えはコンペ時のアイデアにも盛り込まれていて、
揺れるマスダンパーは時計の振り子から発想したそうです。
是非ともそのときの案を見てみたいものです。

そして最上階は以降にポンピドー・センター・メス他の構成アイデアに引き継がれる
フラットバーで構成される格子構造であり
この建物はそうした多くのテクノロジーに裏打ちされた建物でもあります。

オーナー側受け入れ体制

この建物建設の発注方法に関して少し興味を引いたことがあります。

それはこの建物の重要な構成要素であるショールームを兼ねたエレベーターと
ファサードを覆う開放型ガラスシャッターが共に本体とは分離して発注されたと言うことです。

通常は全ての工事を一括ゼネコンに発注するのが多いですが、
恐らく開発的側面とコストコントロールの必要性から質とコストを
よりダイレクトにコントロールのしやすい分離発注を行ったものと想像します。

今回の建設プロジェクトにあたってはオーナー側に専門となる機能;プロジェクトマネージャー(PM)があり、
モノづくりにこだわり、いかにこのユニークな建物を合理的に実現化出来る事を理解し、
体制面でもこれが発注形態にも反映されたものと思います。

ちなみに坂氏、建築設計はちょっと意外ですが
フィンランド人建築家アルバー・アアルトの建物から多くを学んだそうです。
素材の使い方、コンテクストと建築の関係など。
また今は坂氏の代名詞の1つとなっている紙管ですが、
1986年に日本でのアアルト展の内装設計を手がけましたが
その際に予算が厳しくたまたま目にした事務所に有った布が巻かれていた
紙管を初採用したのが始まりのようです。

また坂氏は災害時ボランティア活動でも有名です。
紙管は数々の建築や難民キャンプ、避難所で活躍しています。

人道支援きっかけは1994年のルワンダ内戦。
その時初めて緊急シェルターを開発提案。

翌年に阪神淡路大震災後に紙管を使った「紙の教会:Paper dome」と呼ばれる仮設集会所を、
更には2011年のニュージーランド地震で被災したクライストチャーチ教会を再建しました。

坂氏の著書を見てみると避難シェルターの申し出は
必ずしもいつでも歓迎されていた訳では無いことや
迅速でかつワールドワイドの対応に対しては国際的なネットワーク、
人的繋がりが大きく貢献している事が分かります。

そうした事にもめげないタフさを坂氏が持っていることが
坂氏を更に魅力的に見せている事と思います。

さて今回は銀座の路地に注目して、銀座らしさを生かしつつ
建築的に路地を面白く取り込んだ建物を見てみました。

まだまだこれからも銀座らしい建築が出来てくる事でしょう。

新旧の建築と表通りと裏通りのように様々な要素があり興味は尽きません。

つづく

About me
Yasuo Nakamaru
Yasuo Nakamaru

1956年神奈川県生まれ。横浜国立大学大学院建築学卒業 一級建築士 全国通訳案内士(英語)
38年間にわたり組織設計事務所で国内国外の建築設計・監理に従事(米国、英国、中国他)

好きな建築:
ナショナルギャラリー東館(ワシントンDC、USA、I.M.ペイ)、キンベル美術館(フォートワース、USA、L.カーン)、金沢21世紀美術館(SANAA)

趣味:
バンド活動(バンマス、エレキベース、分野:ジャズなど)

建築専門家向けツアー、企業研修などで活躍中

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